カードにそんな価値はないという話

カードにそんな価値はないという話
最終更新日:2015年10月6日 コンテンツの大幅更新および校正

はじめに

こちらの良くある話について、個人的な意見を述べる投稿シリーズです。

誰かさん
そんなシリーズあったっけ?
centurion
今、さっき作りました。(キッパリ

まぁ、あくまでも個人的な意見を述べるだけなので、誰に対して言ってんのよ?っていうツッコミは無しでお願いします。

またネット上で散見されるセンチュリオンカードに対するネガティブな意見は、色々と良くわからない比較をしていることが多く。

この系統の話は、クレジットカード系のブログやクレジットカードに詳しい方々がたくさん登録されておられる「クレファン」とか、そういうサイトでも言われていることがありますね。

どんな人がそう言っているのかを拝見してみると年収を記載している人もいますが、4桁万円を超えた程度から、上の方はどんな人がいるか知りませんが、様々なようです。

とりあえず一言

価値観は人それぞれです。

これ一言に尽きるような気がします。

あの手のサイトで、良く理解ができないのは、なぜそこまで自分の価値観から他社の価値観を否定しに行くのか?ということです。

それなりに良い属性のクレジットカードをお持ちの方々がそういう近視眼的な意見を平気で述べているのはある意味では残念ですよね。

世の中ってそこまで単純ではないですし、人それぞれ考え方や価値観なども全く異なるので、私にとっての常識は、別の人にとっては非常識な場合もあるくらい意見は別れます。

政治もそう、政策もそう、世の中のあらゆる出来事に対してProsとConsがあるように、クレジットカードの評価も人それぞれであって然るべきだと、思ってはいます。

掲示板をみても「自分の使い方や生活スタイルでは」という前提が書かれていない上でのセンチュリオンカードへの批判や、文面からその前提が読み取れるものであったりする場合には、そのような投稿からは学びが多かったりもしますが、結局は自分自身に起こったことが全てではないですし、自分に使いこなせないから他の人にも使いこなせない話でもありません(and vice versa)。

特定項目についての比較すらもあまり意味がない

例えば特典についての比較。

事実上としての特典の違いやその差を知るという意味での比較には意味があると思いますが、価値があるか無いか、という比較をすることそのものがほとんど意味がないような気がします。

クレジットカードという機能とそれに対する会費等々がある上での、支払う金額に対しる対価という意味であっても、やはり意味がないというか、する必要性がないという表現が適切でしょうか。

これは、つまりは、交通手段としての自動車にどこのメーカーのを買うのか?という議論と限りなく近い属性で、違うメーカーの高級車を比較して値段も数百万違うからこっちが良いとかあっちが良いとか、そういう話と同じ。

買う人っていうのは結局は値段で決めているというよりも好き嫌いとか憧れとかで車選ぶ(少なくとも高級車の属性はそうであろう)から、自分の好みの車とそうではない車を比較しても、意味がないって話にしかならないわけです。

カードに何かを求める前に自分自身に求めるべき

まぁ、ここからは余計ないお世話って感じの話になってしまうかとは思いますけど。

ステータスカードと呼ばれていますが、実際にはステータスなんてないですね。

それはセンチュリオンカードも同様だと思います。

ステータスがないという表現は正しくないかもしれませんが、そもそも単なるクレジットカードでしかないのです。

もっと言えば、誰がどんなクレジットカードを持っているかなんて、殆ど知り得ませんし、ましてやショッピングの代金を支払っている人の手元を目で追いかけて、やれカードの色だの銘柄だのを一々気にしている輩は、本当に数少ない一握りの人たちでしかないわけです。

ステータスカードみたいなものには最初から興味がない人には全く関係ない話ですが、心のどこかではステータスカードへの憧れみたいなものを持っている人とかであれば、なんとなくこれから述べる点は理解してもらえるような気がします。

ステータスカードは、理想の自分の投影

私が考えるステータスカードというのは「そのステータスカードを持っている理想の自分の投影」ではないかと思っています。

自分はこのクレジットカードを持つにふさわしい人間なんだぞ、という満足感を自分で得るわけです。自慰行為みたいですね。

でも、実際にはその自分が欲しかったカードを手に入れる時というのは、自分が思い描いていた自分自身の理想像には程遠い地点で手に入れてしまうケースが多いのだと思います。

だから苦しくなるのでしょう。

理想と現実のギャップに挟まれて、自分自身の理想を守るために、カードを否定しにいくわけです。

このカードは自分の理想像ではなかったと。

もうね、究極の自分勝手ですよ。

自分が決めた理想像を勝手にステータスカードとダブらせて、自分が描いた自分自身の理想像に近づけないのは自分の責任なのに、それを受け入れることができないから、ステータスカードそのものを否定しに行く

こんな構図のように考えています。

カードに何か求めるのではなく、自分自身が思い描いた理想の自分に近づくように、自分を高める努力をするのがもっとも重要で、ステータスカードを目指していく過程で得られる自己成長の機会とも言えるような気がします。

理想像に近づく

20代を終えて30代になるとだんだんと成長機会というものは失われていき、意識をして手に入れようとしないと手に入りにくくなります。

これはきっと40代になるとさらに顕著になるのだろうと思います。これらは仕事を通じて経験する要素が大きいようにも思いますが。

他方では、ライフイベントが発生して、結婚や出産、子供の成長などと合わせて仕事に費やせる時間というものどんどん削られていきます。

昨今では、イクメンだの何だのと、まぁ男としては肩身の狭い感じになってきたなぁとも感じる次第です。(まぁかなり子育てには参画しておりますが…)

プラチナカードの激しい散財を行った後にセンチュリオンカードのインビテーションをもらった私が言っても説得力がないかもしれませんが、自分が持ちたいと思っているクレジットカードに自分の理想像を照らし合わせるのであれば、それを成長機会として頑張れば、少しずつても理想像に近ずき結果的には不満も持たなくなるのではないでしょうか。

最後に

カードの価値を決めるのは、結局はカードホルダー本人であれば良い話です。センチュリオンカードも然りです。

センチュリオンカードの価値がないと思っている方々で、単純に批判をしたいだけの場合は、その議論をしていることこそが不毛で無価値以外の何物でもないのだから、センチュリオンカードの存在をすぐに人生の中から記憶ごと消去して、楽しい人生を歩むことをお勧めします。

 

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2 件のコメント

  • 先日はありがとうございました。みたびコメントさせていただきたく思いました。
    私もクレファンは見ないのです。書き込みも行いません(参戦していないというのでしょうか)。ゴールドカードぐらいまでは面白くクレファンも見れていたのですがプラチナカードになって以降なぜかクレファンがいやになった(何か文面を見たりしてカードを使っていることがやになるような気分になるこtが多くなった)ため、クレファンは避けるようになりました。(検索していても行き着いた先がクレファンだった場合は退出..)
    そして他の方が運営するものにあまり書き込みも行いません、基本的に見て考えるだけというか それを考察しているだけというか..、ですので先日のコメントやそして今回もコメントするかどうか結構考えてのコメントです。(笑)
    ですので こちらに来られる方はほとんど静観されるような方なのでは?と思いましたのでそれをお伝えしたくコメントさせていただきました。運営主泣かせというか 何の言葉もなければ何も分からない といった感じのような方が他にもおられる・閲覧している ような気がしまして..。

    いろいろな記事 楽しみにしております。

    • 3761様、コメントありがとうございます。

      仰っていらっしゃる内容ですが、よくわかるような気がします。クレファンは私も登録をしていますが、一度も書き込みを行ったことがありませんし、その後もだんだんと疎遠になり今ではログインすることもありません。

      元よりあまり多くの人が見るようなサイトではないかとは思いますので、粛々と情報の整理をしていく先に自己満足以外の何があるのかは今のところよくわかっておりませんが、まずは整理しきるところもまで行ってみることにしました。

      それが結果的には、真剣に情報収集をしているような方々への支援につながるように思いますし、答えそのものがお渡しできない以上は、「考えるための材料」を提供するまでが私にできる限界のような気もしていますので。

      また、気が向いた際にはコメントなどいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。

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